起業より険しい道がある。『孤高の人』は起業家にこそ読んで欲しい漫画だと思う。
起業をするということは、絶望と恐怖を振りまく悪魔と契約をすることであると僕は思っている。
もちろん、そうさせたのは自分の意思であるから、その全責任は自分にある。だとしてもそれで納得、しょうがないとは中々いかないものだ。
実際に成功した多くの起業家エピソードは、インタビュー記事を読むだけではなかなかどうして華やかでクールなストーリーだが、実際には誰しもいくらかの絶望を乗り越えてそこに至ったのだ。
かくして、普通の人間なら(悪魔と契約するなんでまっぴらだ。と考える常識的な価値観を持っている人なら)とっくにぶっ壊れているような絶望と恐怖と常に向き合いながら起業家は毎日を過ごしている。と起業家たちは思っているはずだ。
『孤高の人』という漫画を読んだ時、僕は起業家にとってささやかなプレゼント(鎮静剤)を見つけた気分になった。
『孤高の人』坂本眞一 (著), 鍋田吉郎 (著), 新田次郎 (著)
とりあえずあらすじを引用すると、
孤独な青年・森文太郎は転校初日、同じクラスの宮本にけしかけられ校舎をよじ登ることに。一歩間違えば死んだかもしれない、だが成し遂げた瞬間の充実感は、今までになかった「生きている」ことを確かに実感するもの…。文太郎はクライミングへの気持ちを加速させはじめた――!!
一言で説明すると、人類未踏のK2東壁を登るという夢を、あらゆるものをかなぐり捨てながら追いかける物語だ。
あらゆるものをかなぐり捨てながらとは、文字通りの意味だ。
僕は『孤高の人』の序盤を読みながら共感を覚えた。
夢を目指す人なら誰しも経験する、その他大勢とは違う道を行く決断や、あえて苦しく辛い道を選ぶ覚悟。起業家の多くが経験する仲間との離別や信じていた人からの裏切り。
そのすべてがこの漫画にはある。登山にはあるんだなと。
でもそんな甘い共感は物語中盤から吹き飛んでしまった。
常に死と隣りあわせという状況。
事実、K2やエベレストという世界でも難関と呼ばれる山々にはいくつもの遺体がそのままの姿で放置されているという。標高8000メートル級の高山では遺体は腐敗しないのだ。エベレストでは200人以上の登山者が命を落とし、今も150人近くの遺体が放置されているというから驚きだ。彼らの遺体は登山者のランドマークなのだという。
起業家の絶望は、直接的な死とは無縁だ。(間接的な死はあるかもしれないが)
だから僕は『孤高の人』を読みながら、登山が起業よりはるかに大きな絶望や恐怖を強いられる行為なのだと感じた。
『孤高の人』で描かれる覚悟や恐怖、絶望をここで書ききるなんて、どうやってもできないことだと思うので、これ以上の説明は無駄というものだ。
ぜひ自分が険しい道を歩む中で、恐怖や絶望と向き合うことに疲れたなら、『孤高の人』を手にとって、自分を奮い立たせて欲しい。